6. ドングリ食の民俗と考古学

クリは美味しいが、基本食はドングリ

クリは、「最初は美味しいが毎食では飽きてしまう。この点シタミ(ドングリ、筆者註)は連食してもクリより飽きがこない。味で比較すればクリが選択されるが」、毎日食べる基本食にはドングリがむいている、という話が採録されている(註1)。

また、日に三度ドングリばかり食べて大きくなった、という旨の話も昭和五十年代後半に採録されている(註2)。

さらに、明治6年の『斐太後風土記』によると、平野部でクリは菓子類や副食的利用に傾いているのに対し、山間部でトチやナラは主食の一部を担っていた、という(註3)。

クリが縄文人に多用されていたことは間違いないが、クリは甘いために基本食には向かないという事実も見逃せない。
するとクリは、副食的利用はもちろんだが、それ以上に基本食としてのドングリに食味用として混ぜて食べていたのか、とも考えられる。

ともかく、クリの多用は注目されがちだが、クリ多用の背後にはそれ以上にドングリの多用があったのではなかろうか。おそらく、トチの実も同様だったのだろう。

なお、クルミも美味しく、その美味しさを「クルミ味する」と言われるそうだ(註4)。おそらく、クリと似たような利用法だったのだろう。

おいしさランキング

前章で少し紹介したように、私も、一番広い意味でのドングリの22種を全部集めた。そして、何種かは実際に生で食べて自分の舌で確かめてみた(註5)。

生で食べても甘くて美味しいナンバーワンは、やっぱりクリだ。
次に、生でもかすかに甘いのがスダジイとツブラジイだ。子供の頃には、生や炒って食べたものだ。

生でも食べられるけれどビミョーなのがマテバシイだ。それでも、火通しして暖かいうちは美味しい。
シリブカガシはマテバシイの仲間だが、味は一段落ちる。

このほかは、アク(灰汁)抜きしないと食べられない。そもそも、クリに似ているけど、アク抜きしないと食べられない実を「ドングリ」と呼んでいるくらいだから。

でも、アク抜きが必要なドングリの内でもランクがある。アク抜きが必要な中で一番アクが少ないのがイチイガシだろう。渋皮さえむけば、ウバメガシも少しマシになる。

このほかはアクが強い。そして、案外ナラの仲間はカシの仲間より一段とアクが強いものが多い(註6)。

アク抜きの民俗

アクは、えぐ味や渋味・苦味の元になっていて、タンニンやサポニンなどからできている。大切な食料だったドングリを食べるためには、このアク抜きが必要不可欠だった

今に伝わるドングリのアク抜き法には、臼で搗(つ)いて粉にしたものを水に晒(さら)す「水晒し系」と、粉にしたものを水に沈めてデンプンを取る「はな(澱粉)取り系」、木を燃やした灰を使う「灰汁合わせ系」があるそうだ(註7)。

臼と杵(きね)でイチイガシを搗(つ)いて殻を砕いた

縄文時代は始めからアク抜きしてナッツ類を食べていた

トチの実はドングリではないけれど堅果類の仲間で、アクが強い。このアク抜きには木灰と湯を必要とするので、土器が出現する縄文時代までは食べられていなかった、と考古学界では長く信じられていた。ところが、湯を使わないアク抜き法があった(註8)。

縄文時代にアク抜き技術がだんだん発達し、それに応じて次第にいろいろなドングリが食べられるようになった、というわけではなさそうだ。早くからアクの強いトチの実さえ食べていたのだから、クリはもちろんドングリも早くから大切な食料だったことは確かだろう。
現に、トチはカシワ・コナラ・イチイガシなどと共に、縄文時代の始め頃の遺跡から出土している

調理とアク抜き

自分も実際に臼や石皿と磨石などを使って、ドングリクッキーを作ってみた。
しかし、未熟さと道具の不十分さから、硬い殻(果皮)の砕けて小さくになったものが混じって食感を損ねたりした。味付けに使った蜂蜜を誤ってたくさん入れてしまったが、アク抜きが不十分だったのか、誰一人としてお世辞にも「美味しい」とは言ってくれなかった。

ともかく、まず粉にしても軟らかくなるまで長時間煮る必要があるが、この作業工程でアク抜きも併せてできる。すると調理していて私も、「渋味を抜く作業というのは、とどのつまり、粉にしたものを水にさらししていくだけの話」だと思う気持ちと同様に、アク抜きは意外と難しくなかったのではないかと感じた(註9)。

自分で用意した石皿と磨石でイチイガシを粉にした

自分も古墳時代のトチの晒し場跡を発掘調査していた!

1977年、三重県上野市(当時)で古墳時代前期の北堀池遺跡を発掘調査していた(註10)。
この遺跡は川沿いにあり、自然の大溝から大量のトチの実が出土した。また、杭や板を組んだものや手杵(てぎね)もあった。
今にして思うと、トチの実の水晒し場と搗いた杵だったようだ。

トチの実の晒し場か(註10の文献より)

次の第7章では、ドングリの貯蔵法についてお話ししたい。

- 註 -

註1:
1992年、松山利夫・山本紀夫編『木の実の文化史』
註2:
この「ドングリ考古学」での民俗・考古学的な所見は、下記の研究成果に拠るところが大きい。
2012年、名久井文明『伝承された縄紋技術 木の実・樹皮・木製品』
註3:
1984年、小山修三『縄文時代』
註4:
註2の文献に同じ。
註5:
一番広い意味でのドングリはブナ科の22種全部を指すが、これにクルミやトチの実などを含めて「堅果類(ナッツ)」と呼ぶ。クルミやトチの実も昔から大切だったが、ここでは話をドングリ中心にしている。
註6:
下記文献によると、アクの主成分であるタンニンの含有量は次のとおりだそうだ。
ミズナラ6.7%、コナラ4.8%、シラカシ4.5%、アラカシ4.4%、クヌギ1.3%、イチイガシ1.2%、マテバシイ0.5%、スダジイ0.1%
1982年、松山利夫『ものと人間の文化史47 木の実』
註7:
註2の文献に同じ。
註8:
2014年、名久井文明「土器の誕生-民俗考古学からの推察」『研究紀要』13、東北芸術工科大学東北文化研究センター
註9:
2001年、盛口満『ドングリの謎 拾って、食べて、考えた
註10:
1981年、吉水康夫・駒田利治・山田猛『北堀池遺跡発掘調査報告-第一分冊-』三重県教育委員会
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